ITシステムの予期せぬ停止やパフォーマンス低下といった「インシデント」は、ビジネスに深刻な影響を及ぼしかねません。迅速な対応が求められる中で、場当たり的な対応になっていませんか?インシデント管理の最大の目的は、ITサービスを可能な限り迅速に正常な状態へ復旧させ、事業への影響を最小限に抑えることです。本記事では、ITサービスマネジメントの国際的なベストプラクティスであるITILの定義に基づき、インシデント管理の基礎知識を解説します。問題管理との違い、具体的なプロセスフロー、効果を高める3つのポイント、そしてJira Service Managementをはじめとするおすすめのツールまで、網羅的にご紹介。この記事を読めば、インシデント管理の全体像を掴み、自社での効果的な運用体制を構築するための第一歩を踏み出せます。
インシデント管理とは何か ITILの定義を基に解説
インシデント管理とは、ITサービスマネジメント(ITSM)の根幹をなすプロセスの一つです。ITサービスの国際的なベストプラクティス集である「ITIL(Information Technology Infrastructure Library)」では、インシデントを「計画外のサービスの中断、またはサービスの品質低下」と定義しています。そして、インシデント管理の主な目的は「発生したインシデントに対して、可能な限り迅速に正常なサービス運用を回復させ、事業への影響を最小限に抑えること」です。
簡単に言えば、システムやサービスに何らかの「いつもと違う状態(障害や不具合)」が発生した際に、それによる業務の停止や顧客への影響を最小限に食い止めるため、一時的な回避策(ワークアラウンド)も含めて、とにかく早く元の状態に戻すための一連の活動を指します。根本的な原因を追求するよりも、まずは「サービスを復旧させること」を最優先に考えるのが特徴です。
インシデントの具体的な例
インシデントは、私たちの業務や日常生活の様々な場面で発生します。以下に、具体的なインシデントの例を挙げます。
- Webサイトにアクセスできない、表示が極端に遅い
- 社内の業務システムにログインできない
- メールの送受信ができない
- サーバーが応答しない(サーバーダウン)
- ネットワーク機器の故障によりインターネットに接続できない
- アプリケーションの特定の機能を使うとエラーメッセージが表示される
- プリンターから印刷ができない
これらの事象はすべて、正常なサービス提供が妨げられている状態であり、インシデント管理の対象となります。
インシデント管理と混同されやすい用語との違い
インシデント管理は、ITILで定義されている他の管理プロセス、特に「問題管理」「変更管理」「サービス要求管理」と密接に関連しているため、しばしば混同されることがあります。それぞれの役割と目的は明確に異なります。ここでは、これらの用語との違いを整理し、インシデント管理への理解を深めましょう。
問題管理との違い
インシデント管理と最も混同されやすいのが「問題管理」です。両者の違いは、その目的にあります。インシデント管理が「サービスの迅速な復旧」を目的とするのに対し、問題管理は「インシデントの根本原因の特定と恒久的な解決」を目的とします。インシデントは「対症療法」、問題管理は「根本治療」と考えると分かりやすいでしょう。
| インシデント管理 | 問題管理 | |
|---|---|---|
| 目的 | サービスの迅速な復旧(対症療法) | インシデントの根本原因の特定と再発防止(根本治療) |
| 時間軸 | 即時対応・短期的 | 中長期的 |
| ゴール | サービスを正常な状態に戻す | インシデントの再発を防ぐための恒久的な解決策を見つける |
| 具体例 | サーバーを再起動してサービスを復旧させる | サーバーがダウンした原因(メモリ不足など)を調査し、メモリを増設する |
変更管理との違い
「変更管理」は、ITインフラやサービス構成要素に対するすべての変更を、リスクを評価しながら計画的かつ効率的に管理するプロセスです。インシデント管理が「計画外」の事象に対応するのに対し、変更管理は「計画的」な作業を管理する点が大きな違いです。不適切な変更が新たなインシデントを引き起こす可能性があるため、両者は密接に連携します。
| インシデント管理 | 変更管理 | |
|---|---|---|
| 目的 | 計画外のサービス中断からの迅速な復旧 | ITサービスへの変更に伴うリスクを最小化し、安全に変更を実施する |
| トリガー | 障害や品質低下の発生(計画外) | 機能追加や構成変更の要求(計画的) |
| 具体例 | アプリケーションのバグによるサービス停止に対応する | アプリケーションのバージョンアップ作業を計画・承認・実行する |
サービス要求管理との違い
「サービス要求管理」は、ユーザーからの標準化された要求(依頼)に対応するプロセスです。例えば、PCの新規セットアップ、ソフトウェアのインストール、パスワードリセットなどが該当します。これらは障害ではなく、事前に定義された手順に従って処理される定型業務です。インシデントが「マイナスをゼロに戻す」障害対応であるのに対し、サービス要求は「標準的な依頼」に対応するプロセスであると区別できます。
| インシデント管理 | サービス要求管理 | |
|---|---|---|
| 目的 | サービスの品質低下や中断からの復旧 | ユーザーからの標準的な要求を効率的に処理する |
| 対象 | 障害、不具合、故障 | 情報提供、新規PCの払い出し、パスワードリセットなどの依頼 |
| 緊急度 | 一般的に高い | 一般的に低い(SLAで定義される) |
インシデント管理の目的とビジネスにおける重要性
インシデント管理は、単に発生したシステム障害やトラブルを場当たり的に対処する活動ではありません。その本質は、ビジネスへの悪影響を最小限に食い止め、サービスの安定性を維持し、ひいては企業の競争力を高めるための戦略的な取り組みです。ITサービスがビジネスの根幹をなす現代において、インシデント管理の重要性はますます高まっています。
ここでは、インシデント管理が持つ3つの主要な目的と、それがビジネスにどのような価値をもたらすのかを具体的に解説します。
迅速なサービス復旧による事業影響の最小化
インシデント管理における最も重要かつ直接的な目的は、インシデント発生からサービス正常化までの時間(ダウンタイム)を可能な限り短縮し、事業への影響を最小限に抑えることです。ITサービスの停止や品質低下は、売上の機会損失、従業員の生産性低下、ブランドイメージの毀損など、深刻なビジネスインパクトをもたらします。
例えば、以下のようにサービス停止は直接的な損害につながります。
| インシデントの例 | ビジネスへの具体的な影響 |
|---|---|
| ECサイトのサーバーダウン | 販売機会の損失、顧客の離脱、広告費の無駄遣い |
| 社内基幹システムの停止 | 全従業員の業務停滞、生産性の著しい低下、取引先との納期遅延 |
| 顧客向けオンラインサービスの機能不全 | 顧客からのクレーム増加、解約率の上昇、SNSでのネガティブな口コミ拡散 |
インシデント管理のプロセスを整備することで、インシデントの検知から原因特定、復旧作業までを迅速かつ的確に進めることが可能となり、こうした事業リスクを効果的に低減できます。
顧客満足度と信頼性の向上
今日の顧客は、ITサービスが安定して利用できることを当然のこととして期待しています。そのため、インシデントの発生は顧客満足度を直接的に低下させる要因となります。しかし、インシデント管理の真価が問われるのは、むしろ発生後の対応です。
たとえインシデントが発生したとしても、その状況を迅速に検知し、影響範囲や復旧見込みを誠実に伝え、速やかにサービスを復旧させることができれば、かえって顧客からの信頼を高めることさえ可能です。一貫性のある高品質な対応は、顧客ロイヤルティを育み、長期的な関係性を築く上で不可欠な要素となります。
逆に、対応の遅れや不適切な情報開示は、顧客の不信感を招き、サービスからの離脱やブランドイメージの低下に直結します。安定したサービス提供と、万が一の際の信頼できる対応体制を両立させることが、顧客満足度と企業への信頼性を向上させる鍵となります。
ナレッジの蓄積と業務の効率化
インシデント管理は、その場限りの対応で終わらせるべきではありません。発生したインシデントの内容、原因、調査プロセス、解決策といった一連の情報を正確に記録し、組織の資産として蓄積していくことが極めて重要です。
これらの記録は「ナレッジベース」として体系化され、次のようなメリットをもたらします。
- 対応の迅速化: 過去に類似のインシデントが発生した場合、ナレッジベースを参照することで原因究明や解決策の特定にかかる時間を大幅に短縮できます。
- 属人化の防止: 対応ノウハウが特定の担当者に依存する「属人化」を防ぎます。手順が標準化されることで、誰が対応しても一定の品質を保つことができ、担当者の不在時や退職時にも業務が滞りません。
- 教育コストの削減: 蓄積されたナレッジは、新人や未経験の担当者にとって最高の教材となります。実践的な事例を通じて、効率的にスキルを習得できます。
インシデント対応を通じて得られた知見を組織全体で共有・活用する仕組みを構築することで、長期的に見てIT運用全体の効率化とサービス品質の向上につながるのです。
インシデント管理の基本的なプロセスとフロー
インシデント管理は、場当たり的に対応するものではなく、体系化されたプロセスに沿って進めることが極めて重要です。ここでは、ITサービスマネジメントのベストプラクティスであるITIL(Information Technology Infrastructure Library)をベースとした、インシデント管理の基本的なプロセスを6つのステップに分けて具体的に解説します。このフローを理解し、組織内で標準化することで、インシデント発生時にも冷静かつ迅速な対応が可能になります。
ステップ1 インシデントの検知と記録
すべてのインシデント管理は、インシデントの発生を「検知」することから始まります。検知の方法は、ユーザーからの電話やメールでの問い合わせ、チャットツールでの報告、監視ツールによるシステム異常の自動アラートなど多岐にわたります。重要なのは、どのような経路で発生したインシデントであっても、漏れなく一元的に「記録」することです。
インシデントは「チケット」として管理システムに起票され、以下の情報が記録されます。
- 報告者の氏名・連絡先
- インシデント発生日時
- 発生している事象(エラーメッセージなど)
- 影響を受けているサービスや機器
- 検知方法(ユーザー報告、監視アラートなど)
この段階で正確な情報を記録することが、後のプロセスをスムーズに進めるための土台となります。
ステップ2 分類と優先度付け
記録されたインシデントは、次に「分類」と「優先度付け」が行われます。これは、限られたリソースを最も重要な問題に集中させ、効率的に対応するための不可欠なステップです。
分類(Categorization)
インシデントをあらかじめ定義されたカテゴリに分類します。例えば、「ハードウェア障害」「ソフトウェアのバグ」「ネットワーク接続の問題」「アカウントに関する問い合わせ」といった分類です。これにより、適切な専門知識を持つ担当チームへ迅速に割り当てることが可能になります。
優先度付け(Prioritization)
インシデントがビジネスに与える「影響度」と、対応を迫られる「緊急度」の2つの軸から、対応の優先度を決定します。これは「トリアージ」とも呼ばれ、客観的な基準に基づいて判断することが求められます。
| 緊急度:高 (基幹システムが完全停止など) | 緊急度:中 (一部機能が利用不可など) | 緊急度:低 (軽微な問題、代替手段ありなど) | |
|---|---|---|---|
| 影響度:大 (全社、多くの顧客に影響) | 1(最優先) | 2(高) | 3(中) |
| 影響度:中 (一部署、一部顧客に影響) | 2(高) | 3(中) | 4(低) |
| 影響度:小 (個人、ごく一部の顧客に影響) | 3(中) | 4(低) | 5(最低) |
ステップ3 一次対応と調査
優先度付けが完了すると、サービスデスクやヘルプデスクの担当者による「一次対応」が開始されます。この段階の目標は、インシデントを可能な限り迅速に解決することです。
担当者はまず、過去の類似インシデントや解決策をまとめたナレッジベースやFAQを検索し、既知の問題であればその手順に従ってユーザーをサポートします。例えば、パスワードのリセットや基本的な設定変更などがこれにあたります。
ナレッジベースで解決策が見つからない場合は、原因を特定するための初期調査(診断)を行います。ユーザーへのヒアリングを深めたり、ログを確認したりして、問題の切り分けを進めます。
ステップ4 エスカレーション
一次対応で解決が困難な場合や、より専門的な知識・権限が必要な場合は、インシデントを上位の担当者や専門チームに引き継ぐ「エスカレーション」が行われます。エスカレーションをためらうと、解決までの時間が長引き、問題が深刻化する恐れがあります。
エスカレーションには主に2つの種類があります。
- 機能的エスカレーション:ネットワーク専門チームやデータベース管理者など、より高度な技術スキルを持つ担当者へ引き継ぐケース。
- 階層的エスカレーション:インシデントの影響が広範囲に及ぶ場合や、重要な判断が必要な場合に、マネージャーや上位の役職者へ報告・判断を仰ぐケース。
適切なタイミングで、調査した内容や試したことを正確に伝えてエスカレーションすることが、インシデント解決の迅速化に繋がります。
ステップ5 解決と復旧
エスカレーションを受けた担当者、あるいは一次対応担当者がインシデントの原因を特定し、解決策を実施するフェーズです。解決策には、システムの再起動、設定変更、パッチの適用、ハードウェアの交換などが含まれます。恒久的な対策がすぐには難しい場合、一時的にサービスを継続させるための「回避策(ワークアラウンド)」が取られることもあります。
解決策を適用した後は、サービスが正常な状態に戻ったことを確認する「復旧」の検証が不可欠です。担当者だけでなく、実際に影響を受けていたユーザーに動作確認を依頼し、問題が完全に解消されたことを確認してもらうことがこのステップのゴールです。
ステップ6 クローズと報告
ユーザーからサービス復旧の合意が得られたら、インシデントのチケットを「クローズ(完了)」します。ただし、単にチケットを閉じるだけでは不十分です。この最後のステップは、将来のインシデント対応を改善するための重要なプロセスです。
クローズする際には、以下の情報をチケットに詳細に記録します。
- 最終的な根本原因(RCA: Root Cause Analysis)
- 実施した具体的な解決策や手順
- 対応にかかった時間
- 関係者間のコミュニケーション履歴
これらの対応履歴をナレッジとして蓄積し、組織全体で共有することで、次回以降、同様のインシデントが発生した際に、より迅速かつ的確な対応が可能になります。また、重大なインシデントの場合は、関係者向けにインシデント報告書を作成し、再発防止策を検討するレビュー会議(PIR: Post Incident Review)を開催することもあります。
効果的なインシデント管理を実現する3つのポイント
インシデント管理のプロセスを定義するだけでは、その効果を最大限に引き出すことはできません。形骸化させず、組織の力として定着させるためには、いくつかの重要なポイントを押さえる必要があります。ここでは、効果的なインシデント管理を実現するために不可欠な3つの要素を解説します。
明確な役割分担と体制の構築
インシデントが発生した際、誰が、何を、いつまでに行うのかが不明確では、対応の遅れや混乱を招き、被害を拡大させる原因となります。インシデント発生時の迅速かつ的確な対応は、明確な役割分担と責任体制があって初めて可能になります。事前に役割を定義し、関係者全員がそれを理解している状態を作ることが極めて重要です。
具体的には、以下のような役割を定めて体制を構築します。
| 役割 | 主な責務 |
|---|---|
| サービスデスク(一次受付) | インシデントの第一報を受け付け、内容を記録する。既知の問題であればナレッジベースを基に即時解決を図る。 |
| 技術サポートチーム(二次・三次対応) | サービスデスクで解決できない専門的な問題の調査と解決を担当する。インフラ、アプリケーションなど専門分野ごとにチームを編成する。 |
| インシデントマネージャー | インシデント対応全体の指揮を執る責任者。エスカレーションの判断、関係部署との調整、経営層への報告などを行う。 |
| コミュニケーション担当 | ユーザーや顧客、社内関係者に対して、インシデントの発生状況、影響範囲、復旧見込みなどを適切に通知する。 |
これらの役割に加え、インシデントの重要度に応じて招集される「重大インシデント対応チーム」を定義し、緊急連絡網やエスカレーションフローを整備しておくことで、有事の際にも組織として一貫した行動が取れるようになります。
SLA(サービスレベル合意書)の設定
SLA(Service Level Agreement)とは、サービス提供者と利用者の間で交わされる、サービスの品質レベルに関する合意です。インシデント管理においてSLAを設定することは、対応の目標を具体化し、客観的な評価基準を設ける上で欠かせません。
SLAは、インシデント対応の客観的な目標となり、関係者間の共通認識を形成する上で不可欠です。これにより、「できるだけ早く」といった曖昧な目標ではなく、「優先度『高』のインシデントは4時間以内に解決する」といった具体的なゴールを設定できます。これは、対応の優先順位付けを論理的に行うための拠り所にもなります。
SLAには、主に以下のような項目を定義します。
- サービス提供時間: サービスを利用できる時間帯(例:平日9:00~18:00、24時間365日)
- インシデントの優先度定義: ビジネスインパクトや緊急度に基づいた優先度の基準(例:重大、高、中、低)
- 目標応答時間: インシデントの報告を受けてから一次対応を開始するまでの目標時間
- 目標解決時間: インシデントの発生から解決(サービス復旧)までの目標時間
- 報告ルール: 対応状況の進捗報告の頻度や方法
SLAを定めることで、サービス利用者はどの程度のサービス品質を期待できるかを理解でき、提供者はリソースを適切に配分し、サービス品質の維持・向上に努めることができます。
インシデント管理ツールの活用
インシデントの件数が増え、組織が大きくなるにつれて、メールやExcel、スプレッドシートでの管理には限界が生じます。情報が分散し、対応状況の把握が困難になり、報告業務に多大な工数がかかるなど、属人化と非効率化を招く原因となります。そこで重要になるのが、インシデント管理に特化したツールの活用です。
インシデント管理ツールは、属人化を防ぎ、プロセス全体を効率化・高度化するための強力な武器となります。これらのツールは、インシデント管理プロセスを円滑に実行するための様々な機能を提供します。
ツールを導入することで、以下のようなメリットが期待できます。
- 情報の一元管理: インシデントの受付からクローズまでの全てのやり取りや対応履歴を一つのチケットに集約し、関係者間でリアルタイムに共有できます。
- プロセスの標準化と自動化: インシデントの起票、担当者の割り当て、SLAに基づいた期限の通知などを自動化し、対応漏れや遅延を防ぎます。
- 対応状況の可視化: ダッシュボード機能により、未対応のインシデント数や対応状況、SLAの遵守率などを一目で把握でき、ボトルネックの特定に役立ちます。
- ナレッジベースの構築: 過去の対応履歴をナレッジとして蓄積・検索できるようにすることで、類似インシデントの解決時間を大幅に短縮できます。
自社の規模や業務フロー、予算に合わせて適切なツールを選定・活用することが、インシデント管理の成熟度を向上させるための鍵となります。
インシデント管理に役立つおすすめツール5選
インシデント管理のプロセスを効率化し、対応品質を向上させるためには、自社の規模や目的に合ったツールの活用が不可欠です。ここでは、国内外で広く利用されている代表的なインシデント管理ツールを5つ厳選し、それぞれの特徴を詳しく解説します。ツール選定の際の比較検討にお役立てください。
Jira Service Management
Atlassian社が提供する、ITサービスマネジメント(ITSM)ツールです。特に、アジャイル開発で人気のプロジェクト管理ツール「Jira Software」とのシームレスな連携が大きな強みです。
開発チームとIT運用チームが同じプラットフォーム上で連携し、インシデントの原因究明から修正、リリースまでを迅速に行えるため、DevOpsを推進する組織に最適です。ITILに準拠したテンプレートが用意されており、インシデント管理、問題管理、変更管理などを体系的に運用できます。また、ナレッジベースとして「Confluence」を連携させることで、インシデント対応ノウハウの蓄積と共有も容易になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な特徴 | Jira Softwareとの強力な連携、ITIL準拠のテンプレート、豊富な自動化ルール、カスタマイズ可能なワークフロー |
| 価格帯 | 小規模チーム向けの無料プランあり、有料プランはユーザー数に応じた月額課金 |
| おすすめの企業/チーム | Jira Softwareを導入している企業、DevOpsを推進する開発・運用チーム、アジャイル開発組織 |
ServiceNow
ITSMプラットフォームのデファクトスタンダードとして、特に大企業で圧倒的なシェアを誇るツールです。インシデント管理だけでなく、IT業務全体を統合管理するための多彩な機能を提供します。
単一のプラットフォーム上で、インシデント管理、問題管理、構成管理(CMDB)、サービスカタログなどを一元的に管理できるのが特徴です。AIを活用したインシデントの自動分類や優先度付け、過去の類似インシデントから解決策を提示する機能など、高度な自動化により運用負荷を大幅に削減します。大規模組織におけるITガバナンスの強化や業務プロセスの標準化を目指す場合に、最も有力な選択肢となるでしょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な特徴 | IT業務全般を網羅する統合プラットフォーム、AIによる高度な自動化機能、強力なレポーティング機能、高い拡張性 |
| 価格帯 | 高機能な分、比較的高価。個別見積もりが必要。 |
| おすすめの企業/チーム | 中〜大規模企業、ITILに準拠した本格的なITSMを導入したい組織、IT部門の業務プロセスを標準化したい企業 |
Backlog
株式会社ヌーラボが開発・提供する、日本国内で非常に人気の高いプロジェクト管理・タスク管理ツールです。もともとはソフトウェア開発向けに作られましたが、そのシンプルで直感的な操作性から、IT部門だけでなく様々な職種で活用されています。
インシデントを「課題」や「タスク」として登録し、担当者、期限、優先度を設定して管理します。専門的なITSMツールほど多機能ではありませんが、誰にでも使いやすいインターフェースが最大の魅力です。コメント機能やファイル共有機能も充実しており、関係者間のコミュニケーションを円滑に進めることができます。まずは手軽にインシデントの記録と進捗管理を始めたいチームに適しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な特徴 | シンプルで直感的なUI、タスクの親子関係設定、ガントチャートやGit連携などのプロジェクト管理機能、日本製ツールならではのサポート |
| 価格帯 | 小規模チーム向けの無料プランあり、有料プランは機能とユーザー数に応じた月額課金 |
| おすすめの企業/チーム | 小〜中規模チーム、IT部門以外のメンバーも利用する組織、シンプルさを重視する企業 |
Redmine
オープンソースのプロジェクト管理ソフトウェアであり、自社のサーバーにインストールして無料で利用できるのが最大の特徴です。(クラウド版を提供するベンダーも存在します)
インシデントを「チケット」として管理し、ステータスや担当者を割り当てて進捗を追跡します。豊富なプラグインを導入することで、自社の業務フローに合わせて機能を柔軟に拡張できる高いカスタマイズ性を誇ります。初期設定やサーバーの運用・保守に専門知識が必要ですが、コストを抑えつつ、独自のインシデント管理システムを構築したい場合に最適な選択肢です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な特徴 | オープンソースで無料、プラグインによる高い拡張性、チケットによる柔軟な課題管理、オンプレミスでの運用が可能 |
| 価格帯 | ソフトウェア自体は無料(サーバー費用や保守・運用コストは別途必要) |
| おすすめの企業/チーム | コストを最優先したい企業、自社で自由にカスタマイズしたい開発チーム、オンプレミス環境で運用したい組織 |
PagerDuty
インシデント対応の自動化プラットフォームとして、特にインシデント発生時の「検知」と「初動対応」に特化したツールです。SRE(Site Reliability Engineering)や24時間365日のサービスを提供する運用チームに広く採用されています。
各種監視ツールからのアラートを一元的に集約し、あらかじめ設定したオンコールスケジュールやエスカレーションポリシーに基づき、適切な担当者へ電話、SMS、プッシュ通知など確実な方法で自動通知します。これにより、インシデントの見逃しや対応の遅れを劇的に削減できます。インシデント対応プロセスの迅速化と自動化を強力に支援するツールです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な特徴 | 多様な監視ツールとの連携、柔軟なオンコールスケジュール管理、確実なアラート通知機能、自動エスカレーション |
| 価格帯 | 無料プランあり、有料プランはユーザー数や機能に応じた月額課金 |
| おすすめの企業/チーム | SREチーム、24時間365日の監視・運用体制を持つ組織、インシデント対応の初動を自動化・迅速化したい企業 |
まとめ
本記事では、インシデント管理の定義から目的、具体的なプロセス、そして成功のポイントまでを網羅的に解説しました。インシデント管理とは、ITサービスの予期せぬ中断や品質低下が発生した際に、迅速にサービスを正常な状態へ復旧させ、事業への影響を最小限に抑えるための極めて重要な活動です。
その目的は、単なる迅速な復旧だけでなく、顧客満足度の維持・向上や、対応履歴をナレッジとして蓄積し業務効率化を図る点にもあります。効果的なインシデント管理を実現するためには、「検知」から「クローズ」までの一貫したプロセスを確立することが不可欠です。その上で、明確な役割分担と体制の構築、SLAによる目標設定、そしてJira Service ManagementやServiceNowといったツールの活用が、対応の迅速化と品質向上に繋がるという結論に至ります。
インシデント管理は、単なるトラブル対応に留まらず、ビジネスの安定性と信頼性を支える戦略的な取り組みです。この記事を参考に、自社のインシデント管理体制を見直し、ビジネスの継続性を高める第一歩としてください。